さきほどビジターセンター前で写真にとっておいた案内図によると、工場本体建物の北側の線路を越えたあたりに宿舎群があるはず。
かなりふんわりしてる地図で、細かい道とかよく分からんかったので、とりあえず、先ほど歩いてきた林っぽくなってる線路の方に向かって歩いて行った。
いまとなってはどこから線路を超えたのか道順は覚えていないのだけど、なんとなく歩いてたら「日式宿舎群」「介壽堂」と書かれた標識に出会えた。
標識に従って歩いていくと、外壁がレンガ色に塗られたお洒落な洋館が見えてきた。あれが「介壽堂」だ。中には入れないようだったので外観だけの見学となった。
このバロック建築様式の建物は、戦後の1957年建設と比較的新しい。工場の人たちが利用する講堂だったそうで、各種典礼や集会、レクリエーションの会場としてなど、多目的に利用されていたという。ここだけみても、戦後も製糖工場が栄えていたのがよく分かる。
ここからまた少し歩くと、日本家屋が建ち並ぶ区域に出た。ここら辺一帯が「日式宿舎区」。
碁盤の目の通りに沿って整然と日本家屋が並んでいるが、なかには空き地になってるところや、かなり傷んでいる家もある。
以前、花蓮の製糖工場や雲林の虎尾の製糖工場のそばで見た宿舎群よりは数は少ないように見えるが、保存状態はおおむね良好な様子。
将来的にはここも修復して観光利用するのかな。
工場閉鎖から20年。まだ住人の気配がおぼろげながらも感じられるような。さっきの工場もそうだったけど、時が止まってるみたい。
私のほかには、宿舎群を撮影して歩いてらっしゃる男性が前方に1人いらしたくらいで、ほとんど人の姿もなく。とても静かだった。
通りをたどって宿舎群を見て回っていたら、神社の鳥居の前に出た。
解説板によると、この鳥居がある庭園「和園」は1931年(昭和6年)に作られ、従業員の信仰の支えとなるように簡易的な神社が設けられていたとのこと。
戦後に製糖工場が大陸からやってきた国民政府に接収されたのち、神社は取り壊され、鳥居も引き倒されたが、後年になって工場の管理職の人が和園の東屋のわきの土の中に鳥居の石材が埋まっているのを発見、歴史的資料価値があるものとして、修復・保存されることとなったとのこと。
鳥居の柱には「昭和 年五月」という字が見えるが、年代は削られていて判読できない。
反対側には「氏子一同」の文字が見える。神社の本殿があった場所には蒋介石の銅像が鎮座している。
銅像側から東屋に向かってみた鳥居。
鳥居の近くには防空壕もあった。さっきの線路沿いにも防空壕があったわね。
解説板によると、大戦中、アルコールを製造する製糖工場は米軍の空襲の目標となったために築かれたという。この庭園だけでも、戦前から戦後にかけての歴史の動きが伝わってきますね。
宿舎群をあとにして、ビジターセンター前に戻ってきたがぁこさん。ちょっと歩き疲れたので、台湾製糖特製のアイスを販売している売店の「冰品部」へ。
台湾の観光製糖工場に来たら、やっぱりアイスは欠かせないですからね!
パイナップル風味がしっかり。だけどすごい甘い。美味しいけどね。
写真は撮れてないけど、台湾製糖の食品土産とか、嘉義の特産品とかも売ってたので、会社の同僚に差し入れるクッキーを1袋購入した。
しばし休憩したところで12時半過ぎ。
もしここでいい感じの食事できる場所があればお昼食べたかったけど、売店のほかに空いてる店はみあたらなかった。
故宮南院に移動して、あっちでお昼食べてから館内の展示見学、って感じがよさそうね。
台湾好行バスがいまいちあと何分で来るとか分からなかったのと、地図で見る感じだとここから故宮南院まで1㎞くらいみたいだったので、歩いていくことにした。
正門に向かって歩いていくと、駐車場にまた蒸気機関車とディーゼル機関車が置いてあった。もう、最後の最後まで鉄道の萌えが詰まってて素敵!
このあと、敷地から出ていくときに初めて正門をくぐるのが、順路逆な感じがして、なんかおかしかったわ。
2022年12月2泊3日嘉義の旅33-DAY3-9につづく~
蒜頭糖廠蔗埕文化園区・日式宿舎区(MAP)
住所:嘉義縣六腳鄉工廠村1號
時間:08:00~17:00
※工場内見学は平日に団体のみ予約受け付け
※体験記の内容と現地の現況は異なる場合があります。
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