ビジターセンターから線路を伝って進んでいくと、前方が開けて駐車場にになり、その先に蒸気機関車と工場本体らしい建物が見えてきた。
ていうか、待って!
蒸気機関車すごく状態よくない? 後ろに連結されてる車両も素敵!
解説板によると、蒸気機関車の方は「331蒸気機関車」。1935年(昭和10年)の製造で、製造元は日本車両ですって。蒜頭駅の開設から5年後の製造なのね。用途はサトウキビ運搬とある。
後ろの車両は「254巡道車」。戦後の1962年製。台湾製糖の雲林にある虎尾製糖工場の整備工場の製造みたい。線路の点検とか巡回とか用かな。
いやあ、ここ、あちこちに機関車や各種車両が展示してあって、鉄道好きな人にしたら天国じゃないかしら?
蒸気機関車を存分に愛でてから、前方の製糖工場本体に近づいていく。でもなんか、人っ子一人いないの。ここが入り口じゃないのかしら。
受付っぽいプレハブ小屋はペンキも真新しくて、案内図も綺麗だから、つい最近整備したように見えるのだけど、誰もいない。
工場の建物的には、以前に高雄や花蓮の製糖工場で見たのとよく似ていて、ほぼ完全な形で残っているようだ。
綺麗な看板をたどっていくと入口っぽいガラスのドアが見えたので近づくも、やっぱり誰もいないし、ドアにも鍵がかかっていて開かない。
なんだろうか。改修工事とかで閉鎖中なのかな?
ガラス越しに中を覗くと、ほんとうに、つい最近整備されたっぽい見学コースや解説板が工場内に設置されているのが見えた。
うわあ、すごい素敵な萌えスポットなのに……内部をじっくり見学できないなんて……残念無念!
今回記事を書くにあたって、台湾製糖の公式サイトを見てみたところ、工場内部の見学は平日に団体予約のみ見学を受け付けてるんだそうな。
そうか、もし知ってても、個人だからどの道、見学はできなかったのね。あーん。涙
さて、いまさらだけど、「蒜頭糖廠」についておさらいしよう。
「蒜頭糖廠」の設立は1906年(明治39年)。工場が完成して操業を開始したのは翌年の1907年(明治40年)。明治製糖株式会社所属の製糖工場で、台湾における砂糖生産量第3位を記録したこともある重要な工場だったという。
第二次大戦後、日本が台湾から撤退すると、国民政府に接収されて「台湾糖業公司」となり、引き続き製糖工場として操業。その後徐々に国産の砂糖の収益が低下してきたところに、2001年に台風の直撃を受けて工場が浸水のため損傷し、そのまま2002年に操業を終了した。
現在は、製糖工場本体と軽便鉄道、日本式の宿舎群やそのほかの関連施設がほぼ完全な形で保存され、「蒜頭糖廠蔗埕文化園区」として観光利用されている。
閑話休題。
この日は工場の中は見学できなかったので、外壁に沿って歩いてみた。
工場横の和風建築は事務所っぽい。中を覗くと閉鎖した時そのままなんじゃないのかと思うくらい、色んなものが置いたままになっていた。
そのわきの「参観方向」の表示に従って歩くも、むちゃくちゃ廃墟の不法侵入感が半端ない。
本当に参観ルートなの?
と思ったら、工場のまた違う面に出た。ここもガラス張りになっていて、中が覗けた。うん、やっぱり完全な形で機材が残っているのね。
こちらの和風の建物も事務所とかかな?
トタンの壁に「安全第一 環保(環境保全)至上」の文字。あの隣の通路から今にも作業員の方が出てきそう。
2002年の工場閉鎖から20年。誰もいなくて静かな工場は、ずっと時が止まってるみたいな不思議な雰囲気。
かと思えば、さっきの入口みたいに突然整備されたところもあったりして。この下の写真のところも、アートなオブジェがあって博物館みたい。
そして煙突。工場といえば煙突よね! ある種の萌えの象徴ですわ!!
煙突まで見たところで入口方向に引き返す。
工場内部を見学できなかったのは返す返すも残念だったけれども、廃墟みのある工場建物を外観だけでも堪能できたので良しとしよう。
お次は宿舎群とかがある線路北側に行ってみよう!
2022年12月2泊3日嘉義の旅32-DAY3-8につづく~
蒜頭糖廠蔗埕文化園区(MAP)
住所:嘉義縣六腳鄉工廠村1號
時間:08:00~17:00
※工場内見学は平日に団体のみ予約受け付け
※体験記の内容と現地の現況は異なる場合があります。
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