球場の昔の名前が「嘉義公園球場」というように、このあたりは「嘉義公園」の敷地内。
球場から嘉義公園に抜けると、最初に孔子廟の前に出た。
嘉義に孔子廟が最初に建てられたのは清代だけど、日本統治時代に大地震で倒壊して、孔子聖牌は他の場所に移され、戦後の1964年に現在の場所に孔子廟が再建され、聖牌も戻されたのだそうだ。
孔子廟の裏手に進むと、古い狛犬に出迎えられた。
そう、この場所は日本時代、嘉義神社だったところ。
狛犬が鎮座する参道には、石灯籠も残っている。
参道を進むと中国風の門牌があったが、恐らく元は鳥居があったのではないかと思われる。
門牌をくぐると、参道の前方左手に東屋のようなものが見えた。
その奥は手水舎。これもかなり元の形を残しているように思う。
そういえば、ここまで見かけた石灯籠には奉納した人の名前や奉納した年が読める形で残っているものも多かった。
こちらは「大正九年十月」と読める。
こちらは「大正十年三月」と読める。
こちらは寄進した人の名前がはっきり残っていて、日本人の名前と台湾の人の名前が見える。
よその神社や寺に残された石灯籠などは、国民政府によって日本語表記がことごとく削り取られていることが多いので、これは珍しいことだ。
そんな風に思った後。顔を上げて神社本殿に続く階段を眼にした瞬間、なぜだか感極まってしまった。とても不思議な感覚だった。
階段の奥に見える塔は「射日塔」という。あそこがご本殿があった場所なのね。
手水舎から階段を上ると、右手に立派な日本建築の建物が見えた。資料館になっているとのことだったので、あとで見学に行く予定だ。
がぁこさん不勉強で、ご本殿が立て替えられたことがあるって知らなかった。
囲いの中には石の基礎だけ残っていた。囲いの前には初代本殿の説明書きと古い写真が掲示してあった。
説明によると、初代本殿は1915年(大正4年)に南向きに建てられてたそうだ。1930年代に白アリ被害や参拝客の増加に対応するため、いま射日塔が立ってる場所に新しい本殿を立てたとのこと。
お写真を拝見して、二代目本殿跡に立つ射日塔に向かう。
近くから見た射日塔はかなりの迫力だった。前まで行ったら門が閉まってるように見えたので営業していないのかと思って表から見ただけで引き返したんだけど、後から知ったけど、黄色の台のもう一段上の見えにくいところに入口があったみたい。しかも中はエレベーターで上まで上がれて、カフェとかもあるんだって。あらあ、おしい! 次回の課題だわね。
そんなわけで、がぁこさんは射日塔を後にし、先ほどの資料館に向かったのでした。
2022年12月2泊3日嘉義の旅20-DAY2-8につづく~
射日塔(MAP)
住所:嘉義市東區公園街46號(嘉義公園内)
時間:09:00~19:00、月火定休
料金:入館料60元
ここまでの散策ルート(MAP)
自転車&徒歩。
※体験記の内容と現地の現況は異なる場合があります。
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