1時間ほど「逆風樓咖啡館」でまったりタイムを満喫したがぁこさん。
カフェから出てきたところで思い立って、大学在学中に参加した歴史ガイドツアーで歩いたスポットを思い出しながら歩いてみることにした。
もと来た道を「李臨秋故居」までもどり、建物に沿って一本奥の小道の貴徳街に向かっていく。
歩いている方向左手の「李臨秋故居」と壁がつながって長屋状になっている赤レンガの建物は、清代末期から日本統治時代初期に建てられたものらしい。
下の写真は貴徳街から李臨秋故居方向を振り返ったところ。右手が李臨秋故居から続いてる建物ね。こういう形の建物を台湾では「街屋」という。
貴徳街は日本統治時代には「港町」と呼ばれていた地域で、淡水の港のすぐそばに位置していていた。
ここの街屋のうち、貴徳街に面した貴德街51號と53號の部分は、「大稻埕千秋街店屋」として台北市の古跡に指定されている。
これらの建物は商家だったそうだ。表から見ると基礎が地盤より高く造られており、これは当時度々洪水を繰り返した淡水河の氾濫を防ぐためで、荷物の積み下ろしを容易にするために「騎樓」と呼ばれるアーケードは、よその地域の一般的なそれより3尺高く造られている。これも珍しいそうだ。あと写真の中央に写っている、竹を模した雨どいもこの建物の特徴のひとつとなっている。
この時建物は改修工事中だったが、話によると室内も日本統治時代当時の様子がよく残されているそうだ。今後機会があったらぜひ中を見学したいものである。
そして、この建物の向かいに佇むのが「春生紀念教会」だ。
「李春生」は、清代後期から日本統治時代にかけて、台湾で茶葉産業を開拓し、それを発展させて巨万の富を築いた実業家。「台湾茶業の父」や「台湾初の思想家」としても知られ、台湾キリスト長老教会の創設者の一人でもあった。
「春生紀念教会」は、李春生の子孫が彼を記念して設立した。教会の建物は、明治時代には「港町郵便局」として使用されていた西洋式建築の建物。現在は正面ファサードと壁体、内部の空間のみが当時の姿を留めている。
ここから貴徳街をまた少し北上すると、右手にすごい豪邸「陳天来故居」が見えてくる……はずだったのだが、私が行ったときには青いネットで覆われており、絶賛改修工事中だった。
とりあえず、この豪邸「陳天来故居」について簡単に説明しておこう。ここは日本統治時代の大稲埕の黄金時代に活躍した茶商の邸宅だ。
「陳天来」はこのお屋敷を建てた人で、先ほど見た「春生紀念教会」設立の由来となった李春生の影響を受け、大稲埕で「錦記茶行」を創業し、烏龍茶や包種茶の輸出で成功を収めた。
このお屋敷が完成したのは1924年(大正13年)のこと。黄金期を迎えた大稲埕の茶商や著名人がこの屋敷に集い宴会を開くことも多かったという。
建築確認済表示板によると、113年(2024年)から修復工事中とのこと。「115年(2026年)4月4日完成予定」とも書いてあったので、いまこの記事を書いてるのは2026年3月だから、もうじき完成するのかな。中は博物館になってるはずなので、リニューアルが完成したらまた見学に来よう。
この貴徳街は本当に狭い範囲に、清代後期から日本統治時代、とくに1920年代くらいまでの大稲埕の黄金時代の面影を伝える歴史的建造物が集まっていて、歴史に興味がある人にはたまらない通りだと思う。
みなさんもぜひ、Google先生かAI先生に軽く大稲埕の歴史の概要を聞いてから散歩してみてください。すっごく、すっごく、楽しく歩けると思います!
2025年8月大稲埕散歩⑤につづく~
大稻埕千秋街店屋(MAP)
住所:台北市大同區貴德街51號、53號
春生紀念教会(MAP)
住所:台北市大同區貴德街44號
陳天来故居(MAP)
住所:台北市大同區貴德街73號
ここまでのルート(MAP)
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